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シネマとライブと雑多な日々

映画やライブを見て感じたこと、考えたことを気ままに綴ります。

♯今日の1本 恋の残酷さを描きながら、心に残るシーンであふれている『ジョゼと虎と魚たち』

2003年映画 邦画

記念すべきブログ開始日。

 

何の映画について書こうと思いをめぐらせたとき、12年も前に観たこの映画が思い浮かんだ。少し前に見たKstyleの記事「日本映画が韓国で1位に…妻夫木聡『ジョゼと虎と魚たち』人生で忘れられない恋愛映画に選ばれ、12年ぶりに再公開」も影響しているのかもしれない。

 

この映画が公開された2003年当時、正直言って、この映画には全く期待していなかった。むしろ、予告編を見て「あ〜、ダメダメ映画に決まってる。絶対に観に行くもんか!」などと決めつけていたのだ。なにせ、「私、演技うまいんです!」って顔してる池脇千鶴(ごめんなさい)には反感持ってたし、あまりに普通すぎる妻夫木聡にもほとんど興味がなかったから…。

ところが、評論家すじの評価がすこぶる良く(権威に弱い…)、評判を確かめずにはいられずに、2004年の新年早々、「立ち見でも結構です!」と、渋谷シネクイントへ出かけた。立ち見はまぬがれたが、なんと、通路に座布団敷いてのご観覧…。当時は、そんなこともあった。今じゃ、信じられないけど…。

ストーリーはいたってシンプル。妻夫木聡演じる大学生の恒夫と池脇千鶴演じるジョゼとの恋を描いている。

恒夫はセックスだけの女友達もいるし、かわいい女の子にちょっとアプローチされただけで、気安くなびいてしまうような、ごくごく普通の大学生(今は普通じゃないかも)。

いっぽう、おばあさんとふたり暮らしのジョゼは、歩くことができないので、拾ってきた本を家の中で読んでばかりいて、知識だけは豊富にある女の子。くみ子という名があるのに、フランソワーズ・サガンの小説に出てくる「ジョゼ」という名を名乗っている風変わりな子だ。

そんなふたりが、ジョゼの早朝の散歩道で出会う…。

原作は、田辺聖子の短編小説。それを、当時、新人脚本家だった渡辺あやが脚本化し、犬童一心が監督した。

すごく現代っぽいのに、すごくノスタルジィも感じる映画だ。

今恋人がいる若者も、かつては若かった子持ち女性も、恋人をあっさりふった経験のある中年男性も、どんな人間も共感できそうな何かがこの映画にはある。失った恋、あるいは自ら捨てた恋がある人なら、なおさらかもしれない。

そして、3人の女性とからむ妻夫木くんのラブシーンがこれまたいい。人気俳優のキスシーンにはがっかりさせられることが多い。見るからに、唇さえふれあっていない、観客をなめきったシーンが多い中(いいすぎ…)、かなりディープな本物を見せてくれる。しかも、あのすべすべした肌の感じ! 思わずほほをすり寄せたくなるようなつるりん感! 

若いっていいなぁと強く思うと同時に、妻夫木くんの普通すぎるところがとても生きていた。

ジョゼのからだに障害があることは、ふたりの恋の行方にとって、大きな問題になっているようにも見えるが、実はそれほど関係なかったのだろうとも思える。

どんな恋もいつかは色褪せてしまう。恋愛が結婚に至ったからと言ったって、お互いが唯一無二の相手だったから、ということはそうそうあるもんじゃない。「ちょうど適齢期だし、ま、この人でいっか!」という打算やら計算やらが働いた末のゴールインも多いはず。

そういう意味では、真にピュアな恋ができるのは、人生でほんの一時なのかもしれない。

苦い結末なのに、爽快感を感じるのは、歩くことはできないけれど、きちんと地に足をつけてすっくと立っているジョゼのたたずまいが美しいからではないだろうか。

どちらにも寄りかからない、対等な愛を描いているからすがすがしいのだと思う。

愛を声高に叫んだり、哀しさをことさらオーバーに描かない演出がこれまたとてもよかった。さりげなく、だけどするどく。兄・恒夫の出した結論を、クールに論評する弟の存在など、脇役陣も光っていた。

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