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シネマとライブと雑多な日々

映画やライブを見て感じたこと、考えたことを気ままに綴ります。

♯今日の1本 ポール・グリーングラス監督の『ボーン・スプレマシー』

2002年公開の『ボーン・アイデンティティー』の続編。その後、『ボーン・スプレマシー』『ボーン・アルティメイタム』『ボーン・レガシー』と4作のボーンシリーズが作られているが、ここでは2作目のボーン・スプレマシー』について。

原作は、ロバート・ラドラムの「殺戮のオデッセイ」。主役のジェイソン・ボーンを演じるのは、前作同様、マット・デイモンである。

はっきり言って、マット・デイモンの良さがとんとわからないのだけど、この映画は意外な拾いもんであった。あまり期待せずに観たのだけれど、ラストに行くに従って、鳥肌もんのシーン満載となるのだ。

これは、主演マットの功績もあるのだろうが、やはり監督の力も大きいと思う。

第1作目のボーン・アイデンティティーの監督を務めたフランク・マーシャルは製作総指揮に退き、新しい監督に、イギリス生まれのポール・グリーングラスを抜擢。なんと、ハリウッドの、しかも大作に挑むのは初めてという監督。

しかし、抜擢のきっかけになったという映画『ブラディ・サンデー』(日本未公開)は、2002年のベルリン国際映画祭で、金熊賞を受賞している。この年、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』も金熊賞を受賞していて、ベルリンでは異例のダブル受賞が話題になったが、もちろん、日本では宮崎監督の話題ばかりが先行。ポール・グリーングラス監督の『ブラディ・サンデー』は日本で公開もされなかった。

確かに、公開するにはかなり地味な作品である。アイルランドで起こった1972年の“血の日曜日事件”を描いていて、カトリック系市民のデモ隊と監視役の英軍が、数人の投石をきっかけに衝突し、多数の死傷者を出す惨事になる様子がドキュメンタリー・スタイルで描かれているという。

パンフレットによると、この監督は、長らくテレビのドキュメンタリー・シリーズを製作・監督してきたそうで、ハリウッドがなぜにこの監督を抜擢したのか、その原点ともなる『ブラディ・サンデー』に俄然興味がかき立てられるところ…。

で、『ボーン・スプレマシー』に戻るが、はっきり言って、この映画もかなり地味である。地味すぎちゃって、最初の10分くらいは睡魔が襲ってきたりした。舞台はインドのリゾート地ゴア→イタリアのナポリ→ベルリン→モスクワへとめまぐるしく移動するが、華麗に舞台が転換という雰囲気はない。太陽が差すのは最初のほうだけで、後は、暗く、どんよりと曇った中で物語が進む。

今回、マット演じるボーンの恋人は、インドで早々に殺されてしまって、彼はその彼女の復讐のため、そして、彼のいまだ戻らない記憶探し、そして過去への償いの旅という様相を呈している。

新たな恋の話はいっさいなし。

対峙するCIAの側にも、陰謀話は出てくるが決して大掛かりなものとは言えない。

じゃあ、何が良かったのかというと、何とも言えない哀愁と物悲しさ、ラストに行くに従ってひたひたと畳み掛けるようになっていく映像の魅力、そして、地味だけど奥行きのある役者の演技なのだと思う。

今回、かなり派手なカーチェイスシーンがあるが、これも、胸躍るアクションというのとは全く違う。切れ目なく続く映像からとにかく目が離せないし、車も、乗っている人の身体も、ぶつかって、壊れるカーチェイスの終焉は、とてもとても痛くて、心痛い感じなのだ。

クールでスタイリッシュというのとは違う、生身に感じるアクションシーンと言えばいいだろうか? 今まで見た、ハリウッド映画のカーチェイスシーンとは全然違う、迫力のある物悲しさがあったのは、やはり、ポール・グリーングラス監督の持ち味が強烈に出た、いや、出せたからなのではないかと思う。

マット・デイモンと言えば、当時はアメリカの好青年という印象だったが、この映画では体重をかなりしぼり、ラストに行くに従って、目の下には隈ができてやつれた感じになっていく。「きゃ〜、そのやつれ方がすてき!」とは決して言えないのだが、好きでも何でもないマットがかなり渋くて、クールでかっこいい男に見えるから不思議…。

心はキュンとしないので、個人的には演出の魔力だと思うのだが、マットのファンの人はきっとしびれるに違いない。

この映画、音楽もかなり好みで、サントラに興味がわいた。

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