読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シネマとライブと雑多な日々

映画やライブを見て感じたこと、考えたことを気ままに綴ります。

イギリスと日本の夫婦のあり方の違いを感じた新作映画『さざなみ』

2016年映画 洋画

人は、何を求めて映画を観るのだろうか? 

楽しさ? 人生を考えるヒント? 刺激?

私の場合、観る映画を選ぶ理由は、アカデミー賞を取ったからとか、話題になっているからとか、テーマに興味を惹かれたからとか、そのときどきでいろいろだけれど、多くは自分とは違うだれかに共感しながら、人生を考えるヒントがほしくて観ている気がする。

そういう意味では、この映画『さざなみ』は、人生後半戦の夫婦のあり方を疑似体験したくて観に行ったようなものだ。

映画『さざなみ』 公式サイト

ストーリーはざっとこんな感じ。

週末に結婚45周年のパーティーを開く予定の妻・ケイト(シャーロット・ランプリング)と夫・ジェフ(トム・コートネイ)。ふたりには、子どもはいないらしい。45年間、夫婦ふたりだけの生活を静かに送ってきた。そんな彼らの元に、月曜日の朝、ある手紙が届く。それは、山岳事故で死んでしまった夫の恋人が、45年以上の時を経て氷河の中から見つかったという知らせだった。遠い昔に亡くした恋人に思いを馳せる夫を静かに見つめながら、すでに死んでしまった夫の元カノへの嫉妬に苛まれる妻。本来ならパーティーを控えてウキウキする1週間だったのに、妻にとっては心の中がざわざわ、ざわざわする日々が始まる…。

観終わっての感想は。。。(ネタバレあり)

う〜ん。シャーロット・ランプリングのラストシーンの表情演技は確かにとても素晴らしいのだけど、役者さんの演技に驚嘆したくて映画館に行ったわけではないので、何とも納得感の得られない気持ちで、会場をあとにすることになってしまった。

『さざなみ』のような、すっきりと明快なラストシーンを提示しない映画は嫌いではないけれど、この映画についてはやっぱり「さざなみ」を「激流」に変えて終わるくらいの展開にもっていってほしかった。

そもそも人生後半戦の夫婦のあり方を、日本とは夫婦の形が違うイギリス映画に求めてはいけなかった。それを求めるなら、山田洋次監督の『家族はつらいよ』を観るべきだったかもと、自分の選択ミスに突っ込みを入れた。

それでも、せっかく観に行ったので、なぜそんな気持ちになってしまったのか、振り返ってみたいと思う。

まず、冒頭に予告される結婚45周年を祝うパーティー。

日本人の感覚からすると、このパーティーを開くという設定に、まずまったく共感できない。結婚10周年くらいならあるかもしれないけれど、それ以後は、夫婦だけ、家族だけでひっそり食事会するくらいではないだろうか? そこに、記念のダイヤモンドがついたりする時代もあったけれど、デフレの今はそんなCMも見かけなくなった。うちは今年銀婚式だけれど、結婚式場から記念撮影のサービス葉書が届くまでうっかり忘れていたくらい。夫婦として向き合う作業をあえて避けていると言い換えることもできるかもしれないけれど、長年暮らす中で、「夫婦」というより「家族」という感覚のほうが強くなっているのが正直なところだ。

映画サークルの友人たちに「この映画の設定どう思う?」と聞いてみたところ、「パーティー!? ないない」「夫の元彼女に嫉妬? ないない」と、パーティーだけでなく、夫の元カノに嫉妬する設定へのギモンが噴出した。

もちろんこの映画の妻の嫉妬心は、若い頃のような嫉妬心とは違うのだろうとは思う。夫の不用意な言葉や態度によって、自分の生きてきた道というか、プライドというか、そこが激しく傷ついてしまったのだと思う。

パーティーの当日。

妻のほうは夫への拭いがたい不信感を抱えて心は乱れているのに、夫のほうは記念のプレゼントを用意し、妻への感謝を誇らしげに語る。あのことがなければ、自分の人生への幸せな言葉として、満足とともに受け取れただろうに、あのことを知ってしまったあとでは、心がざわめいて素直に受け取ることができない。友人たちの前で、泣くことも、微笑むこともできずに、顔をゆがめながら笑おうとする妻の姿がただただ痛々しい。

今年70歳のシャーロット・ランプリング。心にさざなみを抱えながら、広大な原っぱを背景にたばこを吸うシーンがある。その姿がめちゃくちゃかっこよくてびっくりする。

この映画の妻の設定は、学校の先生をしていた風なので、きっとまじめで自分の感情をあらわに人にぶつけたことなどない性格なのだろうけれど、あのたばこのシーンをみてしまうと、そんな孤高のかっこよさがあるならラストシーンは夫に感情のすべてをぶつけてしまってもよかったのじゃないかと思ってしまった。

ただ、きっと一度ぶちまけてしまったならば、今回の恋人騒動で波立ったさざなみだけでなく、45年の間、封印してきた夫への愛憎が噴出して収拾がつかなくなってしまうのかもしれない。

映画はパーティーのその後をまったく描いていないので、観客は想像するしかないが、今改めて考えてみると、妻は夫に思いのたけをぶちまけて家を出て行ってしまうのではないか、と思えるくらいラストシーンのゆがんだ表情はめちゃくちゃすごみがあった。

この映画は、「イン・アナザー・カントリー」という短編小説をもとにしていて、脚色・監督は、イギリス生まれのアンドリュー・ヘイ。『グラディエーター』や『ブラックホーク・ダウン』の編集補佐を務めていたという。

主演のシャーロット・ランプリングトム・コートネイが、昨年の第65回ベルリン国際映画祭の主演女優賞と主演男優賞を受賞している。

アンドリュー・ヘイ監督の意図は、「web DICE」のインタビュー記事でどうぞ。ラストシーンについての私の想像はお門違いだったけれど、受け取り方はひとそれぞれということで。

『さざなみ』ヘイ監督「ゲイの僕が“誰かと繋がりたい心”を理解する際の問題を描いた」|結婚45年の夫婦の危機をアカデミー賞ノミネートのシャーロット・ランプリングが演じる - 骰子の眼 - webDICE